第六幕 鍵
それは一瞬の出来事だった。
まるでタイムトラベルしたようだった。
冷たい風が頬に痛いくらいに当たり、気付いた時には…。
『僕達の世界』にいた。
月明かりが煌めく静かな森。
小さな丘の上に古城が在った。
蔦が城壁を絡まる様に蔽い、幾百もの窓からは蝋燭の灯が揺れていた。
先に沈黙を破ったのは僕。
「ここに二人で…?」
「そうよ。あなたを探すの大変だったわ。」
「何故?」
「あなたは私の片割。私たちは二人で一人。」
「どういう事か、解らない…。」
「帰りましょ?私たちの家へ。」
「…。」
僕は黙ってついて行く事にした。
古城の中は思ったよりも温かく、
古城にありがちなジメジメとした感じがなかった。
古城の中を二人で歩いていく。
いつの間にか黒いドレス姿になった君が歩く度。
裾の衣擦れの音だけが静かな城内に響く。
一際古い塔の廊下に、一枚の肖像画がかかっていた。
そこには、君と――。
「僕…?」
「そう。私たちの肖像画。」
「僕達は恋人同士だったの…?」
「恋人よりも深く強い関係。」
「家族…?」
「それも、またちょっと、違うかな。」
はぐらかす様な君の微笑みの中に、
何故か哀しい思いが感じられる様な気がして。
僕はそれ以上、何も言えなかった。
それから暫く黙々と歩き、幾つもの扉の前を通り過ぎた。
どれだけの扉を過ぎた頃だっただろう。
見事な彫刻の施された扉の前で君は立ち止まった。
「ここが、私たちの寝室。」
僕達が昔ともに夜を過ごした寝室――。
僕は少しソワソワしながら君の後に続いた。
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