dorop honey

きら著

 第一幕 出会い

八月も終わりに近づいた日のことだった。
天気予報は曇りのち晴れ。
何時もなら『念の為』と、鞄に傘を入れておく。
その日は『荷物が重くなるから』と出してしまった。
何時もの様に歩いて駅に向かう。
何時もと同じ何気ない景色だった。
人も疎らな駅の改札口、見慣れた景色だった。
それが違って見えた。
君は突然、あまりにも突然に僕の世界へ現れた。
気が重くなる様な、どんよりとした曇空の下。
君は一人、誰かを待つ様に佇んでいた。
なぜか僕には、君が凄く澄んだ存在に見えた。
色褪せた空間の中で、君だけはとても新しく、興味ある者に思えた。
そしてどの位の間だろう?
ずっと君を見ていた。
君は僕の視線に気付き、こちらを見た。
僕は何となく後ろめたい気がした、だけど、そんな気持ちは一瞬の内に消えた。
オニキスのような、深く黒い瞳が僕を見つめていた。
僕は一瞬にして君に心奪われた。
ポツポツと降り出した雨の中。
僕は君に向かって、ゆっくりと歩き出した。
君は僕を見つめ続けている―。
君の前に立ち、そっと手を差し出した。
君は少しの間、戸惑うように僕の手を見つめた。
そして、そっと小さな白い手を乗せたのだった。
僕はその手を握り、雨の中を歩き始めた。
目的地は決まっていない。
そもそも、初対面なのだ。
名前も、年も何も知らない。
見ず知らずの人。
でも何故か、『一緒に居たい。』と思った。
 


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